【都市伝説】サンシャイン60の怪・13階段が不吉になった理由の真相を探る【死刑囚60人】

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 みなさんこんにちは。

 

突然ですが、「13」と聞くと、なんだか嫌な感じがしませんか?

 

よく怖い話では、学校の魔の13階段とか、とある公園に13階段の処刑台跡があるとか、そういう話を聞きますよね。

 

なぜ階段が13段だと不吉なのでしょう。

 

 

13階段に纏わる怖い話

 

 ・佐倉城址公園

 

 この公園は、旧日本軍が訓練を行っていたと言われる場所だ。

 

その公園内に、不自然なものが存在する。

 

それは、12段の階段である。

 

階段といっても、上の階が存在するわけでもなく、12段の階段がただそこに存在している。

 

噂では、夜登ってみると13段になっていることがあるらしく、その階段はかつて処刑台に使われていたものだという。

 

・魔の13階段

 

 学校でよく聞く噂だが、屋上へ続く階段が、いつもは12段なのに夜になると、13段になるという話がある。

 

・13階段のアパート

 

 これは芸能人が話していた怪談だが、下北沢に訳あり物件のアパートが存在するという。

 

このアパートは、かつて4人が入居したことがあるらしいが、皆2週間も経たずに出ていってしまった。

 

しかし、話のネタになるな、という理由で入居したところ、やはり怪現象が起こり始める。

 

謎の声とともに、階段を上がる音がするという。

 

初日は1段、二日目は2段と、足音が徐々に近づいてくる。

 

結局、13回目の足音を聞いた翌日に怖くなって引っ越してしまった。

 

本来、13階段のアパートはほとんどなく、なぜこの物件が13階段なのかは不明らしい。

 

13階段はなぜ不吉なのか

 

 13階段はなぜ不吉なのでしょうか。

 

ご覧の通り、怖い話には多く登場します。

 

元々、13は不吉な数字だと西洋では言われてきましたが、なぜ日本では13階段が不吉だと言われるようになったのでしょうか。

 

「処刑台の階段が13階段だった」という話は、みなさんも聞いたことがあるかもしれません。

 

・現代の処刑台 

 

 現代の処刑台には、残念ながら(?)階段は存在しません。

 

部屋に入ると、下に開く床が設置されており、そこから落ちて首を吊る仕組みになっています。

 

・外国の処刑台

 

 外国の処刑台はどうなのかといえば、電気椅子やガスを採用している国はもちろん階段なんてないですし、絞首刑を採用している国でも、段数は13段と決まっているわけではないです。

 

 

ではなぜ13階段=処刑台だという話が生まれたのでしょうか?

 

巣鴨プリズン

 

 実は、戦後A旧戦犯が処刑された刑務所の処刑台が13階段だったのです。

 

 旧来からの刑場は日本型のもので、絞首台は平板になっており、ロープでつるされた死刑囚は地下へ落下する方式になっていた。ここは一時に一人しか処刑できない。
 ところが、占領軍が作ったものは、十三階段になっており、階段を昇った上に絞首台がある。ロープでつるされた死刑同は十三階段の中に落下するという仕組である。五人が一度に処刑できる大量処刑方式の刑場だが、一三階段は木造で階段は三つしかなかった。このため、四、五人が一度に処刑される場合は同じ階段を一度に二人が外った、という。

(以上は『巣鴨戦犯刑務所特有語辞典』織田文二者、清風、昭和六十一年三月刊)

引用 

http://maesaka.sakura.ne.jp/bk/files/031001_toukyousaibannnosennpann.pdf

 

 

戦後、複数人、同時に処刑するために作られたのが13階段の絞首台でした。

 

ここから「13階段は不吉である」という話が日本に広まったものと考えられます。

 

数字の奇妙な一致

 

 さて、ここからは13階段の発端となった巣鴨プリズンの跡地に建てられた「サンシャイン60」の都市伝説を紹介して終わります。

 

サンシャイン60は処刑者60人から名付けられた説

 

 巣鴨プリズンが取り壊された後、サンシャイン60という、当時は最も高かったと言われ高層ビルが建てられました。

 

このサインシャイン「60」が、巣鴨プリズンで処刑された人数と一致しているというのです。

 

スガモプリズン小年表
昭和20年
8月15日 終戦詔勅放送
9月25日 米軍による東京拘置所及びその周辺接収命令
11月1日 巣鴨プリズン開所。15日より逮捕者の収容開始
昭和23年
12月23日 東條英機A級戦犯7名が処刑される。
昭和25年
1月 収容者数が最大に達し、1,862名となる。
4月 石坦島事件の被告7名処刑(巣鴨プリズンでの最後の処刑。所内での処刑者は計60人にのぼる)

図説 戦争裁判スガモプリズン事典 | 日本図書センター

 

確かに、戦後60人処刑されたという事実があります。

 

戦後より前も含めれば60人ではありませんが、そこら辺は気にしないようにしましょう。

 

さて、この奇妙な数字の一致ですが、本当にこの理由で名付けられたのでしょうか?

 

・真相

 

サンシャイン60の設立に大きく関わった堤清二氏が、この件についてこのように答えていました。

 

なぜ60人が処刑された場所に60階立ての建物が建ったのかという問いには「それは偶然です」とお答えになった。

http://www.saison.or.jp/viewpoint/pdf/14-02/viewpoint-vol.66.pdf

 

文中では、サンシャイン60がそこになぜ建てられたのか詳しく書かれていませんでしたが、処刑人数の件に関してはただの偶然だったようです。

 

あとがき

 

 13階段、実は巣鴨プリズンの絞首台の段数が元ネタでした。

 

各地の絞首台も13段と決まっているわけではなく、当時の日本型は現在のものと同様、地下に落ちるシステムだったのです。

 

最後に、冒頭の怖い話の件ですが、公園の13階段はかつて日本軍が訓練に用いていた器具で、アパートの13階段は割と多いらしいです。 

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